相談に乗るときは無理に答えを与えないほうがいい

無意識についての興味から、最近、ユングの自伝を読んでいるところです。

 

この本の中で、ユングが患者の心を分析する方法について語っている部分があるのですが、お客さんの悩みの相談に乗ることの多い自分にとって、とても学びになる内容だったので、ここで共有したいと思います。

 

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ユングが語る心理分析の方法

 

参考になった箇所を以下で引用させてもらいます↓

 

私はしばしば私の心理療法、あるいは分析の方法をたずねられるが、その問いに明白には答えられない。

治療は事例ごとに異なるものである。

医者が私に厳密にかくかくの方法に決めていると語るとき、私は治療効果を疑う。

患者の抵抗については文献にあまりに多く述べられているので医者がまるで患者に何事かを認めさせようとしているかのようであるが、実は、治癒は患者の中から自然に芽生えてくるべきものである。

心理療法と分析は人間一人一人と同じほど多様である。

私は患者をすべてできるだけ個別的に扱う。

なぜなら問題の解決はつねに個別的なものであるからである。

普遍的な規則は控えめにしか仮定されない。

心理学上の心理は可逆的な場合にのみ妥当である。

私にとって問題にならないような解決が、たぶん他の誰かにとってはまさに正しい解決かもしれないのである。

ユング自伝 I 精神医学的活動 p.191 より

 

悩んでいる人に僕らは何ができるか?

 

お客さんの相談に乗るということを最初に始めたとき、自分が悩みを解決に導く方程式のようなものを持ち合わせていないことに気づき、どうしていいか途方に暮れていたのですが、

ただ、それがあるときから、

「『真摯に相手の話を聞く』『問題を解決策を一緒に考える』という姿勢さえあれば、それだけで十分相手にとっては価値のあることだし、それで満足してもらえるだろう」

という考え方ができるようになって、幾分か気が楽になったのを覚えています。

 

ただ、それでも心のどこかでは「それは自分への言い訳に過ぎないのではないか」という考えがあったわけで、

そんな状況の中で、ユングのこの言葉というのは「自分の考え方は決して間違っているわけではなかった」と背中を押して貰えたような気持ちになります。

 

答えの押し付けは役に立たない

 

他人の相談に乗るとき「こうすれば簡単なのに、なぜそれができないんだろう?」と感じたことがないでしょうか?

ほとんどの悩みというのは、周りからみると取るに足りないように感じるものがほとんどのように思います。

でも、それっていうのは周りから見てるから、そう思えるだけであって、悩んでいる当の本人からすると僕らとは全く違ったように問題が見えているわけですよね。

だから、そんな状況で「そりゃこうするしかないだろ」みたいなアドバイスの仕方をしても、悩んでいる側の人間としては、全く参考にならないわけです。

 

じゃあ、どうすればいいかというと、当たり前のことが見えなくなっている原因というのを一緒に探していくしかありません。

その原因というのは、悩んでいる人の頭の中で、凝り固まった先入観として存在していて、そうなっているがゆえに、僕らにはハッキリと見える答えに、本人には気づけないでいるんですよね。

 

対話によって先入観の存在に気づいてもらう

 

で、その凝り固まった先入観を解きほぐすには、やっぱり対話していくのがイチバンなんじゃないでしょうか。

そうやって、お互いに話し合うことで、自分の考えていることと、相手の考えていることの違いが見えてくるわけで、それは相談者が自分の先入観に気づく良いキッカケになると思うのです。

 

決まりきった答えを伝えたところで、悩んでいる本人は一向に納得できません。それで悩みが解決するくらいなら、最初から悩んだりするわけがないからです。

だから、相談に乗るときは、相手を型にはめて判断するのではなく、心の奥に隠された先入観を一緒に根気よく探して、その存在に気づいてもらうという作業が必要なんだと思います。

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