自由とは「与えられた条件のもとで自分の力を上手く発揮すること」である

「パソコン一台でお金を稼ぎ、場所・時間に囚われない自由な生活を送れるようになりましょう」

誰しもこんなキャッチコピーを見かけたことがあると思います。怪しい情報商材でよく見かけるやつですね。

あるいは、Youtuberの事務所の宣伝文句だと「趣味を仕事にしましょう」とか「好きなことで行きていこう」みたいなものがありますよね。

でも、こういうコピーを見たとき、僕はいつも「それって本当に自由と言っていいんだろうか?」という疑問を感じてきました。

自分の中では「そんなの絶対に自由だと言わないよな」と思いつつも、この違和感をどう説明したらいいのかわからないまま、モヤモヤした気分になることがよくありました。

で、つい最近、こちら↓の本を読んで、オランダの哲学者であるスピノザによる自由の定義を知りました。

彼によれば、自由とは「自分に与えられている条件のもとで、その条件にしたがって、自分の力をうまく発揮できること」だそうです。

僕は、この自由の定義を知ったとき、ものすごく感動しました。

自由とは、「与えられた条件から逃れること」ではなく「与えられた条件に従って自分の力を発揮すること」だったのです。

例を上げるなら、魚にとっての自由とは、決して「水中から飛び出て空を飛べるようになること」ではなく、「水中でより上手に活動できるようになること」なんですね。

僕らはついつい与えられた条件というものに不満・不平を言ってしまいがちです。

「もっとお金があれば…」「もっと時間があれば…」「もっと頭が良ければ…」「もっと容姿が優れていたら…」「もっと親が理解のあるいい人だったら…」「もっと周りの人間関係に恵まれていたら…」「もっといい会社に入れたら…」などなど、いちいち挙げていったらキリがありません。

そして、世の中には、こういった「もっと〇〇だったら…」を実現することが自由なんだと勘違いしている人が多く見受けられますが、そんな人は夢を実現したところで決して自由にはなれません。

というのも、しばらくすれば今度は別の「もっと〇〇だったら…」が始まるからです。

だから、この手の人は今という現実から逃れたいだけなんですね。

念のために言っておくと、もちろんこれは「ひたすら現状を受け入れろ」とか「夢を見てはいけない」とか、そういうことじゃありません。

変えられないものはしっかりと受け止めて、その上で変えられるものを最大限変えていこう…ということが言いたいのです。

つまり、自由というのは、自分の持ち物とか周りの環境とかじゃなくて、自分の態度であり心の持ちようなんだということですね。

で、もしこの主張が正しければ、環境がどうであろうと、いまこの瞬間から自由になれるということも言えそうです。これは非常にありがたい話ですよね。

…と、まあ、そんなわけで、僕も与えられた条件のもとで謙虚に自分の力を発揮できるよう、日々頑張っていこうと思います。

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