どうぶつの森が謳う「スローライフ」が全然成り立っていない件

どうぶつの森というゲームについての以下の記事が面白かったので紹介します↓ 

あつまれどうぶつの森で「初めて週末にカブを買わなかった」とカブ取引から解放された喜びをゲームメディアが語る

 

このゲームには、株取引のような仕組みがあって、現実世界と同様に、上手なタイミングで株を売り払わなければ、(あくまでゲーム内の話ですが)お金を損してしまうんですよね。

まあ、株の売買に成功すれば、他の方法よりも圧倒的に短期間で効率的にお金を稼げるわけで、そういうメリットがあるからみんなやるわけですけど、やっぱりゲームとはいえ、現実世界と同様にストレスがあるみたいです。

ゲームにもかかわらず、自分からあえてストレスになることに手を出しているという状況が、なんだか笑えますね^^;

 

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本当にスローライフ?

 

いま流行っている「あつまれどうぶつの森」については、僕はプレイしていないのですが、どうぶつの森シリーズのゲームは、DSで小さいときに遊んでいました。

で、ゲームの仕組みは基本的には変わっていないと思うのですが、家の改築であったり、家具や洋服を買ったりするためには、やっぱりなにかとお金が必要になってきます。

 

そんなこともあり、このゲームのキャッチコピーでは「気ままなスローライフ」と謳われていますが、

実際、僕が遊んでいた限りの記憶では全然そんなことなくて、むしろ、お金を稼ぐために、あっちこっちへと走り回るハードな生活しか送っていませんでした。

そして、自宅のローンをすべて返済し終えたあとは、なんというか、おおかた遊び尽くした感じがしてしまって、僕がこのゲームで遊ぶことも少なくなっていき、そのまま自然消滅したかんじですね。

なので、僕にとってどうぶつの森というのは、ある意味で、「労働するゲームだった」とも言えるんじゃないかと思うわけです^^;

 

ゲーム内の労働はなぜ楽しいのか?

 

で、そんなこともあって、小さい頃から素朴な疑問だったのが「なぜ現実の世界で働くことは楽しくないと考える人が多いのに、ゲームの中だと楽しいものだと受け取られるのだろう?」ということなんですよね。

まあ、それは、ゲームを開発する人が上手く設計しているからなのですが、その楽しさは、具体的にどんな要素がもたらしているのだろうか?と思うわけです。

 

大まかに理由を挙げるとすれば、

「誰かに指示されることなく、自分の好きなように行動できるから」

「ゲーム内だと生活費などかからないので、いつやめても問題がなく、プレッシャーにならないから」

「頑張ったのに結果が出ないということがないので、安心して作業に取り組むことができる」

といったものなのでしょうけど、それをこういったゲームとして、具体的な形に落とし込めるのは、本当にすごいなあと思います。

そういった製作者さんの工夫に注目すれば、僕らの日常生活を楽しくする上で、なにか活かせることが見つかるかもしれませんね。

 

あと、やっぱり、人間というのは、何をするにしても目標を欲してしまう生き物なのでしょう。

自由とは、自分の能力を行使する際に与えられるものだからこそ意味を持つわけです。

だから、何の義務もない、やることのない生活というのは苦痛にしかならないわけで、夏休みが一生続いたら、最初こそ嬉しいものの、絶対に途中で飽きますからね。

なので、「家のローンの返済」みたいな目標についても、ゲームを楽しんでもらうために、あえて用意しているんでしょう。

そういう意味では、お金稼ぎのために奔走するのも、意外と悪いことじゃなかったりするのかもしれません。

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